松葉杖は魔法の杖?

私、今日から松葉杖生活に入りました。生まれて初めての経験です。

「失って初めてわかる髪は長い友だち」ってCM昔あったけど、
世の中って本当にそれに類似したことわざや言い伝え、
歌詞やセリフなどが多いですよね。

例えば、
「いつまでもあると思うな親と金」
「故郷は遠きにありて想うもの」「灯台下暗し」
「青春時代が夢なんてあとからほのぼの思うもの」
「あれほど子育てが大変だと思ったのに、ある日みんな巣立ちしてしまってガランとなった人気のない寂しい家にいると、ああ、もっとちゃんと話を聞いてあげて、もっと優しい言葉かけてあげればよかった…」などなど。

身近にその存在があるときはそれが持つ価値にこれっぽちも気がつかなくて、失って初めてその存在価値に気づくものって、意外に多いものです。

私も昨晩まで気がつきませんでした。昨晩6時半ごろまでは。

発車間近の地下鉄に間に合わなくちゃって少々焦って階段を足早にかけ降りた時、左足のふくらはぎにズキンと激痛が走りました。救急病院へ行ってレントゲン撮ったら肉離れ。完治まで3週間と診断。

片足と松葉杖だけだと、それまで普通に簡単にできた歩行が、とてつもなく難しい。
二本足でなんのくろうもなく歩けたことが、とってもしあわせなことだったなんて、全然気がつかないでこれまで生きてきました。

来週からイタリア旅行を計画してたのに。
NLPプラクティッショナコースの開講日を延期しなくちゃ。
銀行や買い物、食事を食べに行ったり日々のルーティーンはしばらくはタクシーにご厄介になりそうだな…。

歩行がままならないといろいろこんなにも不自由なんだ。
どうしようってちょっぴり憂鬱にもなってくる。

でも待てよ。両足失ったわけでもない。両手も使える。
歩行は大変でも、こうやってネットに日記を書いてアップできる。

できることにフォーカスしたら、いろいろ数多くのことができることに気がつく。好きな本を読む時間がたっぷりあるし、こうして今ここにフォーカスして、現在というPresentを味わい感謝することができる。

そしてなにより、屋根のついた持ち家があり雨風しのいで快適に暮らせる。

自分の会社や資産があり経済がちゃんと回っているありがたいシステムの中に自分はいるじゃないか。
ありがたい、ありがたい。

一晩経って今朝目覚め窓の外見たら真っ青な空。
窓を開けたら涼しい風がそよいだ。ゆっくり起き上がって松葉杖で歩き出した時、
昨晩より痛みが引いて歩きやすい。つま先立ちもできるようになってる。

片足のピョンピョン跳びのような疲労しやすい歩行が今日はだいぶ楽になった。
それだけの進歩でもすっごく嬉しい。
こんな小さな改善がこんなに大きな喜びを運んでくれるなんて。

今ここ、にフォーカスし、すでに与えられていることを数えて生きる人生は
足らざることにフォーカスする人生に比べ、はるかに感謝に満ちて
明るくてとっても素敵。

左足の肉離れが運んでくれた幸せに心から感謝しています。
松葉杖は、私にとって心のアルケミスト。
不幸を一瞬にして幸福に転じる魔法の杖だったのです。

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